みなさん、はじめまして。ミトと申します。
タイトルにもあるように、私は4年前まで東京で暮らしていました。それが縁あって長野県飯田市の遠山郷と呼ばれる場所に移り住み、今はゲストハウスと呼ばれる宿を経営しています。
そしてこれまた縁あって、こちらでそんな私のこれまでのお話、現在のお話、そしてこれからのお話などをつづらせていただくことになりました。
つたない文章で、他愛もない話になりますが、お時間のある際にお付き合いいただけると嬉しいです。

さて、初回は私が東京から遠山郷へ移り住むことになった経緯のお話。

私は大学卒業から16年間、東京のIT企業で働いていました。振り返ってみても、不満があまり出てこないぐらい私にはあっていた会社で、素敵な人たちに囲まれ、提案すればやりたいことをやらせてもらえていました。そんな恵まれた環境で、私の社会人としての基礎はすべてこの会社で叩き込んでもらいました。

やりがいを持って楽しく仕事をしていた私ですが、なぜか会社をやめてゲストハウスを始めてしまいます。そのきっかけとなったのは入社2年目で訪れた屋久島のゲストハウスでの体験でした。

その宿は一人旅など少人数の旅人をターゲットにした宿で、宿主の工夫で泊まり合わせた人同士の交流が生まれる仕組みがそこら中に仕掛けてありました。夜は宿主とゲスト全員で食卓を囲み、食後は少しお酒を飲みながら交流。そうすると自然と仲良くなって、次の日には行き先が同じ者同士、車を乗り合わせて観光に出かける。帰ってきてからはまたみんなでその日の話を共有して、その日新しく来た人にも情報を共有したりして。
そんな毎日がとにかく楽しくてドはまりしてしまい、友人と2人で来ていたはずの私は、たった3泊で最終日には一緒に来ていた友人と離れた場所に座り、その宿で仲良くなった人と夕食を囲んでいました。

その宿の仕掛けや工夫、いわゆるホスピタリティというのでしょうか、そういうものに感動してしまい、社会人になりたての私は“こうやってお客さんを喜ばせるのが仕事なんだ!”と熱い思いを抱いたことを、今でも思い出します。それでもその時はゲストハウスをやろうとは全く思っておらず、私もこんなふうにお客様に満足してもらえる仕事をしよう!とその時の仕事に打ち込んでいきました。
その後も長い休みが取れるときには頻繁にその宿を訪れ、結局通算100泊以上その宿には泊まることになります(笑)。

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会社員人生も10年を超え、自分の人生のこの先をじっくり考える余裕ができたころ、急にある思いが湧いてきました。

やっぱりあの宿みたいな仕事がしたい!

仕事の充実感は感じていたものの、オンラインだけのお客様とのコミュニケーションに少し物足りなさを感じていました。また、自分が社会人として成長するうちに、大好きな宿へ頻繁に通ううちに、イチお客さんだったつもりが、営む側への興味がムクムクと大きくなっていたのでした。
しかし、恵まれた会社を辞めて、まったく未経験の宿泊業に飛び込む勇気はなかなか持てず、やりたいという思いを抱えたまま5年ぐらいは悩み続けました。グズグズしていた時期です。

しかしグズグズにも嫌気がさし、当時“40歳の時、自分がどこで何をしているかで、自分の今後の人生が決まる”と勝手に思いこんでいた私は、その節目となる年を目前にしたとき、何も決まっていないけれど、とにかく会社を辞めてみるという無謀な行動に出ました。一つのことに集中していると、他のことができない性格の私は、まず今一番時間をかけていることを手放すということからやってみようと思ったのです。もっともらしいことを言っていますが、結構やけくそだったと思います(笑)。

どこで、いつから宿をやるだとか、そんなことは全く決めずに、まず辞める。そして逃げられない状況へ自分を追い込む。正直あまりおすすめできる方法ではありませんが、結果的にそのことが今の私へとつながっていきました。なんというか非常にラッキーな話です。

さて、この後どんな展開を経て遠山郷で宿を始めたのか。長くなりそうなのでそのお話は次のお話でつづらせていただこうと思います。

読んでいただきありがとうございました。また次回お話しさせてください。