仕事の合間に温泉に浸かりながら働く温泉ワーケーションだが、別府でワーケーションをするのであれば、温泉だけではなく『食』にもぜひ目を向けて頂きたい。温泉に浸かることで、心と身体の調子を整える湯治は、言うなれば『温泉を使った身体の「外側」からの治療』を意味する。反対に、『温泉を使った身体の「内側」からの治療』を追求する飲食店が鉄輪温泉エリアにはある。

『神の蒸気』を操る異色の料理人

温泉の蒸気を活用した調理法は『地獄蒸し』と呼ばれ、地元では古くから活用されてきた。近年では鉄輪にある「地獄蒸し工房」を中心に、多くの観光客が地獄蒸し体験をするなどして多くの人に知られる存在となっている。

その『地獄蒸し』の可能性を最大限に追求する異色のお店が『蒸士茶楼(むしちゃろう)』だ。「茶楼」とは、広東式の中華料理のお店を指し、店名の背景には、一流たちが集まる最前線の現場で中華料理と向き合ってきた店主自身のバックグラウンドが投影されている。

店主の前田氏は、鉄輪温泉の蒸気を『神の蒸気』と呼ぶ。仕事の傍ら、10年かけて蒸気について研究し、ここ鉄輪温泉の蒸気に出会ったことをキッカケに独立を決意した。「人知を超える自然の力を目の当たりにして、これまでの料理に対する考え方が180度覆された。」と笑顔で語る。当時60歳、数多くの誘いや仕事の依頼が舞い込んでくる中、この『神の蒸気』の可能性を追求するこれからの人生に心が踊った。

取材に伺うと、料理の前に知って欲しいことがあると連れられ、店先にある蒸し場へ。そこには、三機の蒸し器が並び、隙間からはもくもくと蒸気が溢れ出している。前田氏の口からは、「地獄蒸しの仕組み」から「特注で作られた蒸し器の話」、「なぜこのような形になっているのか」など、数々の実験から導き出された理論が飛び出す。工業高校卒の前田氏は、納得できる機材が無ければ自分で作ってしまうため、ここに並ぶ蒸し器は完全オリジナル。独自の理論と自作の機材の説明を受け、さらに食欲がそそられる。

『医食同源』日々の食事から考える健康

今回オーダーしたのは3,000円のランチセット(季節によって食材が変化する可能性あり)。野菜は固定種を使い、料理の品数も多く、彩りも鮮やか。「人それぞれ来店時の体調は異なるため、なるべく多くの食材を使用することで、その時の体調に合った食材に触れる機会を提供したいんです。」と語る前田氏。

中国古代の歴史書には、食事治療の専門医がいたという記述もある。北京・上海・四川・広東など幅広い中華料理を学び、薬膳に関する造詣も深い前田氏は、いわば現代の食事治療の専門医。お客様によっては、事前に体調などを聞いた上でメニュー構成を考えることもあるのだとか。そして、温泉の力を活用して美味しさを最大限に引き出された食材をふんだんに使った料理は、全国の食通を唸らせる。

前田氏と話していると、料理以外の話がたくさん出てくる。地政学、民族史、人類学に止まらず、政治や金融についてまでと非常に幅広い。「自分たちの身の回りで起きている事象や現象を理解した上で料理を作ることに興味があって、その知識があるからこそ今食べるべき料理をお客様に提案できると思ってます。食事を提供するということは、その人の身体を作ることと一緒ですよね。つまりは健康を、社会全体を捉えて考えることだと思っています。」と語る。

社会を俯瞰しながら料理に打ち込む中で培われた人生哲学

『木を見て森を見ず』目の前の事象だけでにとらわれず、物事を俯瞰して見ることの大切さを意味する言葉だが、前田氏の考え方の根幹にはこの言葉がある。ただ美味しい料理を追求するだけではなく、社会全体のことを見渡した上でなぜこの料理を提供するのかを追求し続ける姿勢から、他の料理人とは一線を画する理由が見えてくる。

「追求すればするほど、ここをこう変えてみたいという思いが湧いてきちゃうんですよね。」と満面の笑みで語る前田氏。これからさらに美味しい料理をここ鉄輪で楽しめるのかと思うと、とても楽しみだ。

最後に、前田氏から教わった人生哲学を記載して本記事を締めたいと思う。「『自分のためではなく、誰かのため』という感覚を大切にすると、身の回りでいい循環が生まれる。その循環が回り始めると、いい人やいい仕事に出会うことができる。色々と学んできたけども、結局は人に対する感謝の念をどれだけ大切にできるかなんだと思います。」

鉄輪温泉を訪れる機会がある方は、ぜひ一度足を運んでみて頂きたい。

◎蒸士茶楼
営業時間:11:30~14:00(L.O) 18:00~21:00(L.O.20:30)
定休日:水曜日・木曜日
住 所:〒874-0046 大分県別府市鉄輪風呂本5組
電 話:0977-85-7775