慢性的な食料自給率の低さを抱えている日本。それは、国土の狭さではなく、就農者、定着率の低さに起因しています。

スマート農業は、作業を楽にし、労働生産性を上げ、人手不足の解消を実現します。国はスマート農業の実証事業を推し進めており、北海道でその中核となっているのが、更別村の岡田昌宏さんです。

岡田さんにリモートインタビューでお話を伺い、前編ではどのような経緯で国の実証事業に携わるようになったのか、またそのために起業した経緯について触れました。

後編では、その事業を支える通信インフラやITについて聞いていきます。

自宅前の家庭菜園内に設けられた休憩スペースで取材に応じる岡田昌宏さん

スマート農業を支える通信環境の変遷

広大な土地で預かれなかった技術の恩恵

岡田さんの高校時代はISDN回線を使っていました。ISDNとは、「INSネット64」などの名前でNTTが1988年に開始したサービスで、通信速度は最大で64kbps。スマートフォンで、データを使いすぎたときにかかる速度制限が128kbpsであることを考えると、今となってはかなり遅いということがおわかりいただけるかと思います。

「最大12Mbpsで通信できるADSLも、NTT基地局から離れ過ぎていて届かないという土地だったため、通信環境で苦労しそうだな、という気配はありました」と岡田さん。しかし、「東京から戻るタイミングで更別村が5GHz帯無線アクセスシステム を構築してくれました」と当時を振り返ります。

「実効速度は8Mbpsくらいでしたから、仕事はどうにかなったものの、大量のデータを一度に送受信するのは無理という状況でした。とはいえ、ネット会議程度であれば充分な速度が出ていたので、ギリギリのタイミングで通信環境が整ったといえるのではないでしょうか」

ついに最先端の5Gの誘致へ

更別村には、スマート農業の実証事業と関わる前から、東大と一緒にデータを取得している試験地があります。ところが、そのデータを転送する方法に問題を抱えており、「このままでは、試験地として利用してもらえなくなるのでは?」という危惧があったそうです。

そこで、村では通信速度の出るWiMAXを誘致しようという流れになりました。

「国の予算も通り、いざ誘致しよう、というときになって、KDDIから『5Gの基地局を建てましょう』と申し出があったとのことです」と岡田さん。「農業分野に参入したいKDDIと、トラクターやドローンを低遅延の5Gと連携させたいこちらの思惑が合致したからだと思います」と付け加えます。

5G基地局は、岡田農場の敷地内――岡田さんの自宅の家庭菜園の隣に2020年2月に建てられました。「KDDIとしても、基地局を増やしたいという年だったようで、いろいろな要素がハマった良いタイミングだったのではないでしょうか」と笑顔を見せます。

「実は更別村では、2022年に全村に光ファイバーを導入することが決まっているからいいのですが、国内のどの農業地域でもそれができるとは限らない。制約が多い中で、どこでも導入できる技術も並行して考えています」

岡田さんが目指すのは「農業の自動化」

スマート農業の研究から実践も幅広く手掛ける岡田さんが目指すのは、農業の自動化です。

「農業は、雑草と虫との戦い。少なくとも、草取りがなくなれば、かなり楽になり、就農する人も増えるのではないかと考えています」とその構想を教えてくれました。

また、少ない人数で効率よくカロリーを生み出すためには、ほかの要素も関係してきます。薬剤散布や整地の自動化です。

「種を蒔くには畑を耕すことが必要ですが、その両方を人がやっていたら2倍の時間、または2倍の人手が必要ですよね。そのうちの整地のほうをロボットトラクターにやってもらって、人がその後ろで種を撒けば、半分で済むというわけです」。

また、ロボットトラクターにロボットアームを装着することで、さらに多くのことが成し遂げられるといいます。「細かい作業ができるようになれば、より自動化に近づけるのではないでしょうか」

岡田農場では、作業に従事するロボットトラクター、センサーにより畑の情報を逐一取得するフィールドサーバ、また作物の生育状況などをチェックするためのドローンなどを導入しています。

ロボットトラクターは、リモートで操作するのではなく、プログラム式。位置情報をRTK(リアルタイム・キネマティック)という技術で取得しているため、わずか3cmの誤差だけで自走します。

「位置情報の取得というと、GPSのことが頭に浮かぶかと思いますが、RTKはGPSの情報を補正して精度を高めるためのシステム。直接、置いた基地局と接続する方法と、別の場所にある基地局とインターネットを介して通信して利用する方法があり、岡田農場では、後者を使っています。広すぎるので、ローカルでは賄えないんですよね(笑)」

このように先端技術を用いて、高い精度で農地を管理し、収穫高を向上させることをスマート農業の中でも、特に「精密農業」と表現します。

それを実現しているのが岡田農場かと思いきや、「まだまだパーツが揃っただけの段階」と岡田さんは言います。

「機械が増えているぶん、楽になっていますが、まだまだこれから。農業には気候や湿度などの情報のほか、作物の生育状況をチェックするための画像解析による情報収集などが必要ですが、それらの土台がようやく整ったところ。そろったパーツをどのようにつなげるのか、という課題が解決すれば、一気に進むのではないかな、と考えています」

もっとも実現に近い作業は、草取りの自動化ではないかと予測する岡田さん。とはいえ、それでも早くて5年はかかると見込んでいます。「技術の進歩の予測を立てつつ、時が来たらすぐに実装できるように今からアプローチしておく。ただ待っているだけではない、能動的な“待ち”なんです」と言います。

2015年時点で、日本国内の休耕地(稼働していない農地)は、42万3,000ha。食料自給率を上げるには、それらの活用が必須です。そして、そのためにも少ない人手で収量を上げられる作業の自動化が求められます。

「自分が農業で楽をしたいという思いもあります」と笑う岡田さんですが、「全国の農家を見て回った経験から、全ての農家が楽になることを視野に考えています」とも話します。

国内全体のカロリー産出量を上げるために、作物ではなく研究の場所をビジネスとして提供している岡田さん。今後もスマート農業実現のためのキーマンとして注目を集めそうです。