人が集まる場所を作る

「私はどんな仕事でも〝「できるかできないか」ではなく「やるかやらないか」〟というスタンスなんです。当時は独身でしたし、失敗したら就職したり、バイトをしたりすればいい。既に農業(バイオガスプラントを利用した無農薬のサツマイモ作り)は始めていましたから、その収入もありましたしね」

30歳を超えてから単身、北海道・鹿追町に移住した正保縁(しょうほ・ゆかり)さん。思い切って、宿泊施設を備えるカフェ「トマルカフェ鹿追」をオープンさせた決断をそう語ってくれました。それにしても、なぜカフェに宿泊施設を設けたのでしょうか?

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「オープンのきっかけは料理でしたが、私としてはお店ではなく『場所』を作るイメージでした。建物を買い取る時、面識があった当時の鹿追町の町長さんから『人が集まる場所にしてほしい』という条件を出されたのです」

過疎化と高齢化が進む鹿追町。トマルカフェが町内からも町外からも、老若男女が集う場所になれば、それは大きな地域貢献になります。ガイドの仕事も手がけ、グリーンツーリズムにも興味があった正保さんは、トマルカフェをその拠点にできると考え、宿泊施設も備えたのでした。

「トマルカフェの『トマル』には、〝泊まる〟と〝10個のマル(良いこと)〟と〝十勝の輪(マル)〟という3つの意味が込められています。いいことが集まる場所、いろんな人が集まる場所にしていきたい、と。オープンした2018年当時はインバウンドの受け入れも積極的に進めていた時期。鹿追町はグリーンツーリズムに30年ほど前から取り組んでおり、下地はありました。その基礎を作っていただいたみなさんが年齢を重ね、ちょうど世代交代の時期を迎えていました。そこに私という存在とトマルカフェがはまったタイミングのよさもありましたね」

さらに、1階のカフェスペースにも可能性を感じていました。

「鹿追はアウトドア体験をできる場所はたくさんあるのですが、インドア体験ができる場所が少なかったんです。1階のカフェスペースはワークショップの場所としても使える、と考えました」

ただのカフェではなく、町の需要にマッチした地域のコミュニケーションスペースにもなる。トマルカフェはそんな志のもとに産声を上げたのです。また、「需要にマッチ」という点では、正保さんの実体験も反映されました。

「料理のおいしさにこだわるのは当然なのですが、お店のオシャレな雰囲気にもこだわりました。鹿追町には女性が『かわいい』『オシャレ』と思えるお店やスポットが少なかったんです。だからメインのターゲットは女性でした。十勝、鹿追町の自然は素晴らしいですが、雰囲気のよいお気に入りの空間で過ごす時間だってほしいのが人間。自分の家だけでそれが実現できればいいのですが、みんながみんな、そうはいかない。それに人は外に出たがるものですしね。トマルカフェはそんなニーズにも応えたかったので、店舗プロデュースのプロにも力を貸してもらいました。私だけの視点でお店づくりをすると、趣味のカフェになってしまいますから(笑)」

正保さんはただ、思い切ってやりたいことをやっているだけではありません。きちんと地域のニーズや状況を冷静に分析する目も持ったうえで実行していたのです。

ワークショップなどにも使っているカフェスペース
ワークショップなどにも使っているカフェスペース

発信はインターネットがメイン

オープンしたトマルカフェは、正保さんが知恵を注いだかいあって、さまざまな反響を呼びました。

「宿泊は思っていた以上のお客様に来ていただけたので本当にやってよかった。特に海外から訪れる方が多かったですね。一方で地域の方には、カフェとそこで行なった定期的なイベントやワークショップにたくさん訪れていただきました」

たとえばキッチンカーも呼んで大々的に行ったオクトーバーフェスト。定期的なものではタイ古式マッサージ。後者は女性をターゲットにしたイベントで、リピーターも多く正保さんの狙いが当たったといえるでしょう。

「カフェやイベント、ワークショップは、この地域では食べられない物、体験できないことだったんです。十勝は第一産業は盛んですが、養蜂家は珍しいので蜂蜜絞りも人気でした。また、十勝に住んでいても会社勤めの世帯だったりすると、農業に縁がないケースも多いので、畑体験も意外と人気がありましたね」

こうした「集客」において強い武器となったのがインターネットでした。正保さんはトマルカフェの存在やサービス、イベントなどの告知をウェブに集中。チラシなどは基本的に配布も作成もしなかったのです。宿泊は海外への発信も重要視。地域への発信も、多くの人はスマホで検索などをしてお店を探す今の時代を考えての「選択と集中」でした。

「発信はネットがメインと決めていたのでお店の公式サイトは作り込みました。特に写真についてはこだわりましたね。インバウンドの宿泊予約はほとんどAirbnb(※)からなので、こちらも写真には力を入れています。地域の方はフェイスブックでの発信もよく見られているようですので、マメに更新することを心がけています」
※ エアービーアンドビー:宿泊施設・民宿を貸し出す人向けのウェブサイト。

海外からの観光客に人気の北海道とはいえ、大都市でも有名な観光地でもない鹿追町の小さな宿泊施設に、世界中からお客さんがやってくる。それはインターネットが普及している時代だからこそ、でしょう。

「このスタイルで集客するのであればネット環境は欠かせませんね」

それは集客の意味だけではなく、宿泊客のニーズという意味にもあてはまる。

「インバウンドのお客様はフリーWi-Fiがない宿は敬遠するようなのです。まあ本当の山奥ならばネットがつながらない環境をウリにすることもできますが、トマルカフェの周囲はそこまでの環境でもないですからね。私自身も旅先ではWi-Fi環境はほしいですし」

複数事業を切り盛りする正保さん。移動も多いため外で仕事をするときはポケットWi-Fiも活用しているそうです。集客からサービス、日常の生活まで。小さなカフェの経営を移住先で成功させるうえで、インターネットは欠かせない存在なのでしょう。

コロナ禍をきっかけに、新たな将来像も

オープンから2年、順調に知名度と客足を伸ばし、地域のコミュニケーションスペースとして「できること」を広げてきたトマルカフェ。しかし、今春からはご多分に漏れず、日本を含めた世界的な新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けています。ちょうど2月にシェフだった出口さんがお店を一時離れ、カフェを休止にしているタイミング。お店は転機を迎えているといえるでしょう。

「宿泊への影響は大きいです。春以降、インバウンドのお客様はゼロ。基本的にホテルは営業していない状態ですね」

加えてカフェも休止中と経営的には厳しい状態が続くが、イベントには地元のリピーター客も多いそう。トマルカフェの「地域の人の楽しめるスペース」としての機能を持たせたことは不幸中の幸い。移住当初、「複数事業はリスク回避になる」と考えていたことが生きたともいえます。

「単発のイベントは開催していますし、今後はカフェスペースをギャラリーや撮影場所など貸しスペースとして活用することも考えています。実際、秋にギャラリーとして貸すことが決まっています。また、コロナの影響で中止になりましたが、自分のショップを開きたい人が1日だけカフェスペースをショップとしてオープンする、曜日変わりのチャレンジショップイベントの案が出ていました。5つくらい出店希望があったので、もう一度、開催に取り組みたいですね」

さらに宿泊についても将来的に新たなヴィジョンを思い描いています。

「これまでの宿泊者は1泊のみの方が多くて、私たちとの会話も少ないまま翌日になりチェックアウトといったケースも少なくありませんでした。それはなんとなく思い描いていたイメージと違う感じがして。今後はそれを考え直し、長期滞在型の宿泊を提案したいです。自分が移住者ということもあり、移住希望者にもプレ移住のような気持ちで泊まってほしい。今、カフェも休止中ですから、場合によっては一棟貸しのようなスタイルもありかもしれません。それだとコロナの不安も少ないでしょうし」

ホテルはホテルでも、トマルカフェはやはりコミュニケーションが大切な個性。ちなみに正保さん個人としても地域とのネットワークをさらに強める活動に力を入れ始めているそうです。

「私と同年代の40歳前後の女性で『十勝〇〇婦人部』というコミュニティを立ち上げました。50代より上の世代には婦人部などの団体やキャリアネットワークがあるのですが、自分たちの世代にはなかったのがきっかけ。これを軸に仕事やイベントなどを盛り上げ、下の世代ともつながっていきたい」

グリーンツーリズムの仕事もそうですが、正保さんは地域のさまざまな世代の交代や継承にも意識が向いているように見えます。

「RPG(ロールプレイングゲーム)で、街の道具屋が情報を仕入れる場所だったりすることがあるじゃないですか。移住者にはそんな場所が求められているのかもしれません。人を紹介する、人のつながりを教えてくれる場所。トマルカフェもそんな場所になれたらうれしい。地方の小さな自治体は、町長など街のキーマンとの距離が近いのも魅力。物事をダイレクトに動かしやすい環境ともいえますからね」

移住を成功させるポイントとして「地域のキーマンとつながること」と語ってくれた正保さん。トマルカフェ、そして「十勝〇〇婦人部」の話を聞いていると、まさにその場を正保さんが作ろうとしているようにも見えます。