bitgritは、「AIの価値をブロックチェーンによって民主化する」という理念のもと、データサイエンティスト(以下、DS)と呼ばれる人たちによるコミュニティ作りや、AIのマーケットプレイス(ネット上の取引市場)の運営を事業として行っているスタートアップです。
仮想通貨やブロックチェーンという言葉が浸透し始める前に、先見の明を以てbitgritを立ち上げた共同創立者の向縄嘉律哉氏に、未知の領域での起業エピソードを聞きました。
株式会社bitgrit 代表
1985年生まれ。長岡技術科学大学卒業後、キヤノン株式会社に入社し特許を扱う知的財産法務本部に勤務。同社退職後、2017年11月にbitgritを創業。国内外からエンジニアを広く採用し、日本、インドを拠点にアジア全体に進出している。近くエストニアにも拠点を設ける。
ブロックチェーンと仮想通貨でコミュニティプラットフォームを作る
ー事業の概要を教えてください
向縄:「AIの価値をブロックチェーンによって民主化する」ことを目指して、DSやAIエンジニアの方々に向けたコミュニティプラットフォームを作っています。
主に2つの機能がありまして、1つ目は強力なコミュニティを形成するプラットフォームを提供すること。DS同士の情報交換や、企業とDSの仕事の仲介もしたり、企業などから預かったデータを元にDSのコンペティションを行い、技術の高いDSを発掘したり、蓄積されたデータを使ってDSが自発的に学べる機会を、プラットフォームを通じて作っています。
もう1つは分散型のAIネットワークを構築することです。これはまず企業へ向けたAIマーケットプレイスを実現させようとするものです。ブロックチェーン技術を組み合わせることによって、企業やデータサイエンティスト、データ提供者などが、仲介なしで動作するトークンエコノミー※を実現します。
※トークンエコノミー・・・仮想通貨などの代替通貨を使う経済システムによるインセンティブ設計を含めた経済圏
ーDSとはどんな人たちですか?
向縄:データサイエンティスト(以下、DS)は広義に、データを分析して、そこから新たな知見を得る人たちのことと考えています。
言葉自体は昔からあり、例えば天気予報士は伝統的なDSと言えますね。ネットなどの発達で蓄積されるデータの量は膨大ですが、それをどう扱っていいのか分からないという人が多くいます。そのため、データの分析を専門的に行うDSの助けを借りるというわけです。
今は、DSという言葉が社会に広まり始めた段階でしょうか。DSは今後何万人という単位で不足すると予想されています。日本は特にそうですが、世界的に見ても需要が高まってくると思います。
ーbitgritは、どんなビジネスモデルで展開しているのでしょうか?
向縄:bitgritのプラットフォームの中でDSが作り上げたアルゴリズム(我々はAIコードと呼んでいます)を我々のもとで預かって、分野ごとにまとめてAIマーケットプレイスという形で保管します。
クライアントにはAPI(窓口)を提供し、クライアントのニーズを踏まえて、マーケットプレイスの中からクライアントの意向に沿うAIコードを選択し最適なAIモデルを作って提案します。
その際、クライアントから利用料をもらうわけですが、DSへの報酬は、クライアントが利用したAIモデルの中からどのDSが作ったAIコードがどの程度貢献したかという情報を元に、bitgritの仮想通貨で支払われます。
貢献度の基準はスマートコントラクト※で管理されていて、自動的に評価が出るようになっています。評価の基準は誰でも見ることができるので、公平な判断でDSに対して報酬を支払うことができるのです。
※スマートコントラクト…プログラムの中に契約を組み込み実行を自動化する技術
払われるのは仮想通貨ですので、例えば日本の仕事をインドに住んでいる人がやっても支払いの問題がないし、アメリカの仕事をイギリスの人がやってもいい。国境が関係なくなるんです。
DSの世界はそもそも絶対数が不足していますし、技術のあるDSであるほどいろんな案件に関わります。また、専門性が重要という点もあるので、分野ベースでDSの実力を評価するのが有効です。
魚の養殖から考える「AIの民主化」
bitgritの全体像を示す図
ー「AIの価値をブロックチェーンによって民主化する」という理念は、どういう意味ですか?
向縄:これはたとえ話で説明するとわかりやすいと思います。
例えば、日本の魚の養殖業は、海に生け簀を持っている場合だと年間売上が約1200万円、そのうちコストが約800万円くらいかかるそうです。コストの大部分を締めるのはエサ代と人件費で、コストを下げるために、ある業者が大学に相談してAIとデータを使った改善を試みました。
海水の温度・潮の流れ・魚の動きを観測し、魚が活性化する条件を調べた結果、魚がエサに食いつきやすい時間が割り出され、その時間に集中してエサを投入すればエサと人件費のコストを200万円ほど下げることができることがわかったんです。
このように、データの活用次第で大きな効果を得られるのであれば、みんなやればいいと思うんですが、現実に「データやAIを活用しています!」って事業はまだ少ないですよね。原因は、データ分析に非常にコストがかかる点にあります。AIを1から作ったり、センサーを選定して設置するとなると莫大な費用がかかります。魚の例は、大学が研究の一環として協力したからできたわけであって、一般の方が利用しようと思うとコストに見合わないんです。
ただ、例えば魚のケースで言うと、海水の温度を測るAIって、イチから作らなくても、水の温度を測る既存のAIを応用すれば対応できますよね。潮の流れも、魚の動きも同様です。既にあるAIの中から使えそうなものを選んでAIモデルを作って、それを活用すれば1から開発する場合よりグッとコストを下げることができます。
さらに、一回海に対応したAIモデルを作れば、他の養殖業者にも流用できるし、AIモデルを作る手間がなくなる分、更にコストを下げられます。これでさらに活用のハードルが下がりますよね。
また、データ分析を行う際の計算リソースを、AWS(アマゾンウェブサービス)やGCP(グーグルプラットフォーム)などのクラウドリソースだけでなく、トークンエコノミー※によるリソース提供者への利益還元も考慮することで、当該地域近くのコンピューターを活用できますので、リソースの分散や、GAFAなどによる権力集中リスクも回避する選択肢が生まれます。
このようにしてAI活用のハードルを下げること、AI活用の選択肢を増やすことが「AIの民主化」であり、我々が実現しようとしていることなのです。
ー起業にあたって、最も大変だったことを教えてください
向縄:新しい業界なので、法律など定まっていない部分が多くて、仮想通貨やブロックチェーンへの世間のイメージもあまり良くなかったときに立ち上げたこともあり、それが大変でしたね。何かを決めるにしても、前例がないんですよ(笑)。
そんな中で事業を進めるにあたって意識したのは、「原理原則に基づいて考える」ことですね。周辺の環境が定まってないとはいっても、その技術自体がなんのために作られたのかってことは決まっていますよね。事業を進めるにあたって、なんのためにやるのかという意図をしっかり伝えることを意識して動きましたね。
向縄氏は、インドなどアジアの国を自らめぐってDSのネットワークを広げている。
ーこの事業をやっていてよかったなと思うことを教えてください。
向縄:「地球は一つだってわかったこと」ですかね。最近僕は、紙幣が国境だと感じているんです。米ドルが通じる地域、ユーロが通じる地域とか地域的な縛りや障壁がありますよね。ブロックチェーン関連のビジネスをやっていると、国境とかがあまり関係ないことに気づけました。
ーブロックチェーンを扱うにあたってのモットーはありますか?
向縄:「王道正道を行く」ということですね。ブロックチェーンというツールを単体で活用するというよりは、ブロックチェーンや仮想通貨などを取り巻くトークンエコノミーこそが面白いと思っています。ブロックチェーン、仮想通貨がそもそもなんのために誕生したのか、と考え続けモラルを持って取り組むことが重要だと思っています。
ー日本の起業環境における課題について考えを聞かせてください
向縄:日本は、事業を始めるにあたって前例を求められる傾向にあるので、新規サービスが受け入れられ難いという土壌があります。我々のような新しい事業に参入するハードルは高いですね。bitgritの場合は理解のある投資家に恵まれたというのが大きな幸運でした。当時、エンジェル投資家の方にブロックチェーンという新しい業界に可能性を感じていただけたから、本格的に事業を始めることができました。
ー前例のない事業を投資家にPRする際に、どんな点を意識していましたか?
向縄:可能性にフォーカスしてプレゼンしました。そもそもブロックチェーンがなんのために生まれて、どういう所で重要で、こうだから社会に受け入れられる、ということをしっかり説明しました。これからの世の中の流れ的に絶対必要になるので、いち早く始めながら、具体的に構築していきましょう、と。
ー日本におけるDSの労働環境についての現状と課題を教えてください
向縄:海外とかではDSの仕事は個人主義で、さまざまな企業のプロジェクトごとに携わる働き方をしている人が多いのですが、日本の場合は一つの企業に所属したらそのまま在籍するケースが多く、いろんな活動がしにくいという課題をよく聞きます。
先程も言いましたが、DSの仕事は専門性が高いので、一つのプロジェクトに合っていても、他のプロジェクトでは全く専門外というケースが多々あります。なので、同じ会社に常駐する働き方よりも、プロジェクトごとに携わって、終わったら解散というほうが自然なのではと感じています。その点日本は働き方の流動性の低さが大きな課題です。
ー最後に、起業家にメッセージをお願いします!
向縄:起業家は「誰(何)のためにやっているか」を常に考えることが大事だと思います。起業で壁にぶつかった時、自分のことばかり考えてると先に進まないんです。あと、課題が出てきたら悲観的にも楽観的にも捉えず、淡々と取り組むといいと思います。
(取材協力:bitgrit/向縄嘉律哉)
BB-WAVE掲載日:2019年4月10日
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